Keijiweb ver 6.24 - 「葬式は、要らない」を読んだ

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■ 「葬式は、要らない」を読んだ 2013年02月14日
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「生きる意味と死の意味と宗教観と死生観 」を書いて火葬など全て終わってから「葬式は、要らない」という本を読んだ。僕らの考え方は間違っていなかったと思えたので、書いてあった事や考えた事をまとめてみたいと思います。

日本の葬儀は高すぎる

1990年代の後半のデータだそうだけど、アメリカでの葬儀費用は44万4000円。イギリスは12万3000円。ドイツが19万8000円、アジアであり文化的に西洋よりは近い韓国でも37万3000円です。一方日本はというと、まさかの200万円を超え。特に2000年代は上昇傾向にあり2007年の調査では平均231万円となっています。新車買えるっつの。

もちろん僕らのように火葬だけで済ませれば20万円、僧侶へのお布施を入れても40万円いかずに出来るけど、そういうのも平均に入っていることを考えると300万円なんて葬儀も珍しくないでしょう。どうかしてます。

なお、平均の内訳は葬儀社へ払う分が140万円程度、飲食接待が40万円、僧侶に払う金額が55万円程度だそうです。いずれの金額も凄い事になっています。

菩提寺とは何か?

都会だと公共の墓地が普通にありますが、田舎では特定の「菩提寺」の「檀家」になっているのが普通で、毎年お布施を一定金額払っていたりします(僕の実家は年間2万円払っていたらしい)。そのお寺に墓地があり、そこに納骨する場合は僧侶を呼んで読経や法事をしてもらう事になります。が、そもそも菩提寺ってなんだ?って事ですよ。

その昔、徳川幕府はキリスト教や日蓮宗の不受不施派を弾圧するために、民衆をそれ以外の寺に登録させるという政策を実行しました。そこで無理矢理決められたのが菩提寺ってわけです。これを「寺請制度」と呼びます。寺には今で言う戸籍とか住民票にあたる「人別帳」ってのがありました。寺が役所の機能を持っていたんです。

つまり、菩提寺とか檀家ってのは徳川幕府の宗教政策や民衆管理から生まれた関係であって、先祖供養とか仏教とか信仰心とか、そういうありがたそうな物とは無関係(少なくとも大衆にとっては)なんですな。そんな関係が、寺が役所的な機能を失って久しい今でも続いていてるわけです。なんだそりゃって感じでしょう。

最近は火葬式(直葬)も多い

火葬式ってのは、通夜とか告別式を行わず、火葬をして埋葬して終わりっていう葬儀の方法です。僕はイオンの葬儀のWebサイトを見て知って、「ああ、そんな方法もアリなのか」って真似したわけですが、最近は「直葬(じきそう)」と呼ばれていて都会で増えているやり方なのだそうです。

人間関係によっては何百人も呼ぶ葬儀が必要な場合もありますが、高齢者の場合は友達や親戚も亡くなっていたり、女性の場合は付き合いが少ないので参列者も少ないのだそうです。そんな場合は盛大な葬儀は必要無く、火葬だけ出来ればいいというニーズがあるんですね。

直葬をする割合は東京で20%、地方の場合は5%~10%だそうです。兄も僕も東京に長く住んでますので感覚としては東京に感化されています。が、葬儀をやった鴨川市は電車が1時間に1本とかそういうド田舎ですので直葬をやる人はほとんどいないでしょう。葬儀社には直葬のプランが無くて(直葬は儲からないだろうしやりたくないだろうね)、自分たちで必要な物だけでバラで発注するスタイルになりました。

僕ら以外の全ての人が驚いていましたが、10年後には田舎でも普通の事になっていると思います。

葬式仏教

葬式に関わる仏教を「葬式仏教」と呼びます。過去に中国や朝鮮から伝わった仏教は「学問」であって葬式仏教の側面はまったくなかったそうです。それが、仏教の大衆化と末法思想による不安などが混じって「死後は極楽に行ける」みたいな話になり、貴族は極楽を模した庭を作ってみたり仏像を作ってみたりするわけです。今で言う東京ディズニーランドみたいなもんですな。夢の国で不安を取り除く、みたいな。

そこに先祖崇拝が混じったり、庶民は極楽を模した庭をつくるのは無理なので葬儀の時に豪華な祭壇をこさえてみたり、儒教から位牌を取り入れてみたりという、日本独自の葬式仏教が醸成されていくわけです(そもそも仏教は死んだら極楽に行くと言っているのになぜ位牌や仏壇が必要なのか?)。大体な、インドで日本式の葬式やってるか?って話ですよ。仏教と葬式仏教は全然別物。そんな「空気」みたいな葬式仏教なんてどうだっていいんですよ。塩撒いてる場合じゃないんです。

世間体と常識

僕らが常識と思っている事なんて、実は50年前には誰もやってなかった事だったりするわけです。葬式だって、今は火葬が当たり前だけど昔は土葬でしょう。今は葬儀社が取り仕切るけど、昔はムラの葬式組がやってたわけです。

告別式は中江兆民が「葬式はやるな、死んだらすぐ火葬しろ」と遺言に書いたのが始まりだそうです。それで板垣退助や大石正巳たちが宗教色を排した「告別式」というものを編み出したわけですね。1901年の事です。その後、なぜか告別式もやるし葬儀もやるという葬式が一般化してしまったのはよくわからない現象です。なお、一部で人気の白州次郎も葬式不要、戒名不要として仏教式の葬式を拒んでいます(遺族で集まって酒盛りをしたそうです)。

という感じで、みんな忘れちゃってるだけで、今と昔ではやってる事がまるで違うんです。ちょっとずつ変わってるから判らないだけ。告別式が発明されたのは1901年ですし。実は葬式仏教が定めるルールで、人類として「こうしなきゃいけない」事なんて一つもありません。キリスト教の人にしてみたらどの宗派の葬式だってコントみたいなもんですよ。

その程度の慣習やルールなんてどうでもいいでしょ。葬儀にしろなんにしろ、儀式なんて自分たちが満足出来る形なら好きにやればいいんです。世間体なんて気にするな。物事の本質が判らない、現象の上っ面しか見えてない人がどう言おうと関係無いでしょ。

寺と関わるから高騰する

実は、菩提寺がなくて公共の墓地に墓がある人は僧侶を呼ぶ必要もありませんからお布施を払う事もありません(呼びたい人だけ読んで読経して貰えばいい)。法律的には、「1.火葬すること」と「2.遺骨は墓以外に埋葬してはならない※」を守ればOKです(埋火葬許可証という書類が要ります)。菩提寺がある場合は勝手に墓に埋葬するのは道義的に無理なので僧侶を呼ぶことになりお布施も必要になりますが、そうでなければ勝手にやればいいんです。

僧侶無しなら戒名も勝手に決められます。戒名には一定のルールがありますが、それを守るも守らないも自由です。なので、僕は菩提寺ってのは足枷にしかなってないと思うんですよね。菩提寺を持たない人がうらやましい。なお、僕はそのうち実家の墓は処分しようと思っていますのでいずれ菩提寺というか、墓無しになります。墓になんて入りたくないので、迷惑でない場所に散骨して貰えれば幸いです。墓、僧侶、戒名、葬式、すべて不要です。僕は生きても死んでも「松本圭司」で、それ以外の名前にはなりません。そもそも全ての宗教を信仰してないしね(文化や哲学的な面は好きなものもあるが信仰心はない)。

※…散骨や保管は埋葬ではないので、墓でなくてもいいのだそうです。

ムラ社会と格とイエ

ムラ社会の発生自体それほど古い物ではないのですが、「ムラ」という共同体における「イエ」の「格」は葬儀や戒名、墓の全てに影響します。「格」から外れた戒名を付ければ非難されるわけですね。格が低いのに院号を付けるとか、格が高いのに安い戒名にすると、どちらも世間体が悪いワケです。

ところが、「イエ」や「ムラ」から解放されちゃった僕らみたいな人間は、そういうの全然関係無いので好き勝手出来ます。だから僕らのやり方をこころよく思ってない人も近所や親戚にいると思います。が、ストレートな言い方をしちゃうと、そんなの関係無いんです。だって、実家にはもう戻らないし(全ての土地や建物はいずれ処分したい)。

今でも田舎では「格」に基づいた葬儀が行われているでしょう。が、それもおそらくあと数十年、もしかしたら10年でガラリと変わると思います。団塊の世代が亡くなる時は「格」から解放された葬儀が主流になるでしょう。ムラやイエが崩壊しつつあると同じように、寺や葬式仏教は役割を終えつつあるのです。

どう生きるか、どう残るか

僕は死んだ後にどうするかって事より、どう生きて、どういう価値を人類に残せるかって事の方が大事だと思っています。なにかしょーもないものでも、死んだ後にこの世に残せればいいと思うんです。墓じゃなくて、本でもソフトウェアでも彫刻でも子供でもなんでもいいんだけど。墓以外のものを残せるのかどうか?が僕にとっては大事な事です。

だからこうして文章を書きます。この文章は僕が死んでレンタルサーバーの契約が切れたら消えてしまいますが、誰かの考えに影響を与えたならそれでいいんです。それが伝搬して、他の誰かに影響する。そうやって自分の書いた文章が薄く広がっていく。本やアプリもそうです。それらが人類になにか影響を与えたなら、それが生きた証になって、生きていた意味になると思います。DIY GPSが誰かの遭難を防いでその人が生き残ったとしたら、僕はすごい影響を与えられたって事になります。それはとても嬉しいことです。

いずれ人類は滅んで太陽系も無くなりますから、億年単位で見れば全ての事は無意味で自己満足でしかないでしょう。が、僕のスケール見て100年くらいの時間でなにかを残せるなら十分意味はあるし、それで満足です。


と、言うような事を「葬式は、要らない」を読んで考えました。新書としては内容がしっかりしていますし面白いです。お勧めですのでみんな読んでください。


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